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Vol.83「野に山に微笑み満つる日のコンサート」金関環 Vi 宮川真由美Pf

Vol.83「野に山に微笑み満つる日のコンサート」

日時 2016年3月27日(日)

  昼の部13:00開演(12:30開場)
  夕の部16:30開演(16:00開場)

出演

金関 環 ヴァイオリン
宮川 真由美 ピアノ

金関 環さんからいただいた今回のテーマは「クラシックからタンゴまで」
いいものはいいよとバッハからロドリゲスまでのラインアップで聴かせてくださいます。
「風邪をひいたときに薬を飲むように、心を病んだときには音楽を聴くのがいい。
音楽は人間の心に必要な素晴らしいもの」とも。
年が改まって3か月、ここらでちょっと一服。心にサプリメントを頂戴しましょう。

プログラム

     G線上のアリア
     ツィゴイネルワイゼン
     ラ・クンパルシータ
     ジェラシー
       他

参加費

 2500円

プロフィール

★金関環(かなせきたまき)
アメリカ・ジュリアード音楽院にてジョセフ・フックス教授の門下生となる。
後年、師フックスの助手に就任。ニューヨークを中心に室内楽の演奏活動を行う。
ニューヨーク・カーネギー・ッワイル・リサイタルホールをはじめ、東京や大阪など各地でリサイタルを開催。
信念に基づく独自の演奏や人間の情緒に深く根ざした豊かな表現力、作品のリズムを大切に様々な
演奏活動を展開し好評を博している。
http://tamakikanaseki.jimdo.com/

★宮川真由美(みやかわまゆみ)
大阪音楽大学、器楽学科、ピアノ専攻を卒業。クラシック、ジャズ、ラテン、フラメンコ、
ブルース、ファンク、雅楽、ロック、ポップス、など幅広いジャンルで演奏活動。
奈良大仏フェスティバルでグランプリ受賞、大阪国際室内楽フェスタで銀賞受賞。

音楽こそは病める心の妙薬       金関 恕(かなせき ひろし)

 わたしがヨーロッパ古典音楽の美しさの虜になったのはいつごろからだっただろうか。おそらく1940年、思春期を迎えた中学2年生のころだと思う。同級生にショパンの愛好家がいて親しくなり、ヴァイオリン贔屓のわたしと議論を重ね、運動の不得手なふたりは軍事教練に明け暮れる合間を楽しんだ。一生の趣味がきまる時期であるのかもしれない。
 そのころの住まいは台北市の東郊で、留学帰りの父は手回しの蓄音機を求め、往年の大ヴァイオリニスト、クライスラーやハイフェッツなどのレコードを買ってきた。大正期に高校・大学生活を送った父は自由主義時代の空気を回想し、外遊のおりに楽しんだ巨匠たちの演奏を懐かしんでいたのであろう。わたしも熱暑の分列行進訓練から解放されて帰宅すると音楽にとびつき、遠い満蒙のノモンハンで日本軍が大敗したという巷間に伝わる暗い噂も忘れる一時をえた。繰りかえし聴いたのは、ロンドンのレナー楽団が演奏するハイドンの弦楽四重奏「ひばり」(作品64の5)だった。坦々たる麦畑からおおらかに飛翔するひばりの囀りが聞こえる。後年、尊敬する音楽評論の大家、吉田秀和さんの『私の好きな曲』(ちくま文庫1300)に、多作のハイドンではただ一つ、この曲が選ばれていることを知ったときには、幼いわたしの好みが権威に裏付けられたような気がして嬉しかった。
太平洋戦争が始まり、休みには台湾西海岸の防衛陣地造りの勤労奉仕にかり出された。作業中、大型の輸送船団が白砂の浜にごく近接し、舳艫を連ねて南下して行く姿を見送った。あとになって、兵員や武器・弾薬、糧食などを運ぶそれらのほとんどが沈められ、不帰の航海であったと伝えられて暗然とした。翌年、1945年の春になると招集令状を受け、18歳のわたしは、陸軍二等兵として台北盆地を見下ろす丘陵に野営し、竹筒の先端につけた爆薬を敵の戦車にたたきつける自爆の訓練を受けた。戦闘に備えて備蓄するため支給される食糧は少なく、飢えてやせ細り敗戦の予感におびえて朦朧としていたある日、ふとベートーヴェンのソナタの一節が響いた。幻聴である。しかしそれがどれほど心を慰めてくれたことであろうか。音楽は病める心にとってまたとない妙薬であることが身にしみた。
阪神淡路大震災の直後、ヴァイオリニストの愚息の金関環は若い音楽仲間と合奏団を組み、許可を受けて避難所で慰問の演奏会を開いた。多くの被災者の聴衆が流涕し食い入るように聞き入ってくれたという。強いショックを受けて苦難に悩む人々の心の療法の一つに音楽がある。その種目は何かに限ることはない。子守歌も童謡も民謡も、また聞き慣れた歌謡にも大きな効果があるだろう。ヨーロッパで近世学芸が華開く18世紀に、彼の地の古典となった音楽は、明治維新以後の日本の欧化教育の中に半ば強制的にとりこまれた。この音楽の流れはそれ以来日本人の音楽的感性にも強い影響を与えてきた。最近では電子機器の急速な発達の結果、きわめて上質の録音が手軽に再生できる。しかし瓦礫の道をたどり慰めようとして現れる演奏家たちの訪問は、また違った力を与えてくれるのではないだろうか。とりとめもなくそんなことを思っている。
この回想の筆を執る機会を与えて下さった奥野さんに敬意を表し心からお礼を申し上げたい。

※注 金関恕さんは、ヴァイオリン奏者金関環さんのお父上です。3月27日のコンサートには体調がすぐれず来ていただけませんでしたが、この一文をお寄せくださいました。

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